【佐川急便に入社して7か月後の阪神淡路大震災】災害時は善意のつもりで送った支援物資がありがた迷惑!

平成6年の年末が終わり、年明けの1月17日の朝、5時46分、阪神淡路大震災が発生した。

 

年明けの閑散期ということもあり、佐川急便にしては比較的のんびりと仕事をしていたが、この地震を境に一変した。

 

前日の月曜日は、休みということもあり独身だった私は、昼間はパチンコをして夜はサウナに行き、そのままサウナで寝て朝出社する、という休みの日の満喫パターンを楽しんでいた。

 

出社すると、・・・直ぐに全体朝礼が行われた。

 

休み明けの全体朝礼で阪神淡路大震災を知る

 

岡本、「(心の中)成人の日の振り替え休日で、休み明けだから朝礼はあるけど・・・いきなり朝礼って何かあったのか?」

 

O課長、「知ってる人もいると思うが、関西地方でかなり大きな地震があった。関西に送る荷物が増えると思うがきちんと対応するように!」

 

岡本、「(心の中)マジか?!・・・」

 

当時の私は、ニュースを聞きながら出社するわけでもなく、地震が起きたことすら知らなかった。

 

まだ、インターネットが普及していない平成7年と今では、物事を共有するという意味では遥かに遅れていた。

 

善意のつもりで送った支援物資がありがた迷惑

 

個人の出荷人Aさん、「岡本さん、荷物を5個、神戸の姉のところに送りたいんだけど、明日届くかしら?」

 

岡本、「神戸でしたら、通常、明日の午後には届きますけど」

 

個人の出荷人Aさん、「助かるわ! 地震で食料とかが足りなくて困っていると思うの。 だから、送っとかないとね!」

 

岡本、「そうですか・・・ あの地震では、そうですよね・・・ お預かりします!」

 

震災以降、1日に数件、こういうお客さんがいた。

 

個人の出荷人Bさん、「岡本さん、兵庫に8個、荷物送りたいんだけど」

 

岡本、「・・・・・・わかりました。(心の中)これは、ゴミか何かか?」

 

集荷する荷物の中には、到底、支援物資とは思えないような荷物も結構あった。

 

こんな記事を見つけたので参考までに➔ その支援物資、本当に必要?被災者にとって『ありがた迷惑な物』とはcheck

 

全国から支援物資・・・荷物だらけで関西の営業店はパンク

 

こんな状態が1週間続いたころ・・・

 

O課長、「関西の営業店がパンクしているから、関西に送る荷物は、極力控えるようにお客さんに言ってくれ!」

 

岡本、「・・・(心の中)極力控えるって・・・断って良いってことか???」

 

岡本、「Sさん(S大先輩)集荷、断って良いんですか?」

 

S大先輩、「関西の営業所が荷物だらけになって機能してないんだよ!」

 

岡本、「(心の中)・・・そうか・・・あんなに送ればそうなるか・・・」

 

当時の私は、物流に関する知識も乏しく物事を客観的に見ることも出来なかったので集荷した荷物が配達店でどういう状態になっているかなど想像したこともなかった。

 

岡本、「(心の中)そうだよな・・・ うちの営業所でも年末、荷物でぐちゃぐちゃになっていたんだ・・・ 全国から荷物が集まれば荷物を置くスペースもないだろうし仕分けも出来ないよな・・・」

 

この頃の私は、テレビで様々な震災の映像を見て運送の仕事をすることで少しでも被災者のお役に立てれば・・・と純粋に思っていた。

 

岡本、「(心の中)支援物資の集荷をして、少しは被災者の役に立ちたい!」、と思って仕事をしていただけに「配達店が荷物で一杯になり機能していない」という話を聞き複雑な気持ちになった。

 

災害発生時、物流業界は本当の意味で被災地の役に立たなければならない

 

阪神淡路大震災が起きて数年後、大規模な災害が発生した際、物流業界は被災地にどういった対応をするべきなのか?、が検証された。

 

被災地に支援物資が集まり過ぎて処理が出来ないことが「第2の災害」と、呼ばれている。

 

・ 阪神淡路大震災では、「使用できない救援物資」を処分する際に自治体が投じた費用が2800万円になった。

 

・ また、43万個に及ぶ「個別包装」の救援物資が神戸市に届き、交通網の乱れと膨大な物資の仕分けと配布に多くの人手を割く必要が出てしまい、神戸市は24時間体制での対応を余儀なくされた。

 

コチラのサイト様を参考にさせていただきました。➔ 「千羽鶴・古着・生鮮食品は要りません」 被災地が困る「ありがた迷惑」な物とは

check

 

阪神淡路大震災の経験から運送業界も変わった。

 

東日本大震災のような大規模な災害発生時、荷物を集荷する店舗は、ただ荷物を集荷すれば良いという考えから被災地方面の荷物を集荷制限して本当に必要な支援物資以外は荷物を送るのを差し控えるようアナウンスをして荷物を送るのを極力少なくするような配慮が出来るようになった。

 

佐川魂

 

2011年6月頃、関東近郊の各営業所の係長が集まって研修が行われた。

 

支社営業課長Oさん、「先日の東日本大震災では、震災が起きて2日後、被災地に行って被災地の現状を見てきた。」

 

岡本、「・・・・・・」

 

支社営業課長Oさん、「我々が被災地に行って、何が出来るのか?、といえば炊き出しを振舞うことくらいしか出来ないのだが・・・・・・被災地のドライバーもご家族が亡くなられたドライバーもいて・・・・・・でも、仕事を休むわけでもなく働いているんだよ・・・・・・」

 

支社営業課長Oさん、「俺は、感動とかいう言葉を軽々しく使いたくはないが・・・・・・彼らには頭が上がらない」

 

当時、被災して親が亡くなったセールスドライバーの中には、仕事を休まないで働いているドライバーも数多くいたという。

 

当時の佐川急便株式会社 代表取締役社長 平間正一氏が、被災地の店舗に行きドライバー一人、一人に握手をして「頑張れ!」「頑張れ!」と言っていたという。

 

企業の管理職は、それがパフォーマンスだろうが、ここぞという時に社員を奮い立たせることが重要な役割だと思う。

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