【真夏の地獄のような配達】トラックにエアコンがない!セールスドライバー誕生編③

一人前のセールスドライバー(当時、セールスドライバーという言葉はなかった)になるための、K大先輩との同乗の日々が始まった。

 

同乗とは、コースを覚えるために先輩ドライバーと一緒にトラックに乗り仕事内容やコースの癖を教えてもらう。

 

集荷も配達もお客様ごとに癖があり、集荷はこのお客様は、17時以降はここに置いてあるとか、配達は、このお客様は声を掛けないでここに置けばいいとかお客様ごとに癖がある。

 

普通免許を取得してまだ半年の私は、当然のごとく運転するのに全神経を使い果たしコースの癖を覚えるなんてことは、全く出来ない状態だった。

 

しかも、6月下旬だというのに連日の30度越えでもトラックにエアコンはなく地獄のような暑さだった。

 

当時、体重は92キロあったので、荷物を積むだけで絶命しそうになっていた。

 

コースは、市内でも件数、個数ともに多いコースだった。

 

森永乳業など工場が多く1件で20個、30個、重い荷物が届くなんてことは、当たり前だった。

 

新青梅街道沿いはドライバースタンド、多摩靴流通センター、二木ゴルフ、ハローマックといった量販店が何件もあり、大きくて重い荷物が1件で30個届くなんてことも当たり前だった。

 

クリスマス前は、ハローマックに50個もデカい荷物が届いて2トン車では積めるわけがない。

 

しかし、他の人にお願いしようにも市内で4トン車は1台だけで、その4トン車も500個配達して800個集荷してくるといったコースだったので到底頼めるはずもない。

 

自分のコースに届いた荷物は、何がなんでも自分で配達しなければならない、というのが暗黙のルールだった。

 

K大先輩との同乗は、初めの2週間くらいは運転を教わりながら仕事も手伝ってくれていたので、配達は、13時30分くらいには終わってファミレスでご馳走してもらうこともあった。

 

日によっては、運転がどうしようもなく下手だったので、コースには乗らずT運行管理課長に1日運転を教わっていた時もあった。

 

先輩との同乗の本当の厳しさが始まった

 

だが、同乗して2週間経ったくらいから、今まで手伝ってくれていたK大先輩が、全く手伝ってくれなくなった。

 

朝、荷物を積むときも配達伝票を抜きながら(昔は、全部封入伝票だった。)

 

岡本、「・・・・・・(大汗かきながら)」

 

K大先輩、「そんな積み方じゃ全部の荷物積めないし、1件目から荷物降ろして配達しなければならないだろ!」

 

岡本、「すいません・・・・・・」

 

K大先輩、「すいませんじゃないだろ! もう、8時過ぎてんだろ! いつになったら出発できるんだよ! お客さん待たせるなよ!」

 

岡本、「・・・・・・」

 

K大先輩、「お前、もう手出さなくていいよ! しばらくそこで見てろ!」

 

岡本、「・・・・・・」

 

どうにかこうにか荷物を積んで、営業所を出てお客さんの会社へ向かう。

 

K大先輩、「道、間違えてないか?」

 

岡本、「え?!・・・・・・」

 

K大先輩、「さっきの信号、右だろ!」

 

岡本、「すいません・・・・・・」

 

K大先輩、「すいませんじゃねーよ! お客さんが荷物待ってんだよ! そこでUターンしろよ!」

 

岡本、「はい・・・・・・」

 

K大先輩、「お前、2週間経って道も覚えてないの?」

 

岡本、「・・・・・・」

 

K大先輩、「続けていくの無理なんじゃね?!」

 

岡本、「・・・・・・」

 

お客さんの配達先では・・・

 

K大先輩、「車止めるのそこじゃないだろ! 向こうだろ! 納品するところはここじゃないだろ! 何度、同じこと言わせるんだよ!」

 

岡本、「すいません・・・・・・・・・」

 

1個20キロくらいの荷物を50個配達してくると・・・(昔は、過積載なんて言う人は、誰もいなかった。そんなことを言えば「気合が足りね~」、と言われ、佐川急便を生き残ることは出来なかっただろう。積載が空いていれば詰める荷物は、全て積むのが鉄則だった。)

 

K大先輩、「お前、1件に30分掛かってるぞ!」

 

岡本、「すいません・・・・・・・・・・・・・・・」

 

K大先輩、「集荷1件もしてないのに14時30分だけど、配達終わるのか?」

 

岡本、「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

K大先輩、「もういいよ! 運転代われ! まだ、20件くらいあるだろ! このままじゃお客さんに迷惑掛かっちゃうんだよ! 」

 

岡本、「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

仕事を辞めようと思ったことは、一度もなかった

 

どうにかこうにかK大先輩の力を借りて夜、配達、集荷を終えて営業所へ戻る車の中・・・

 

K大先輩、「岡本、大丈夫か?」

 

岡本、「はい、頑張ります!」

 

K大先輩、「今のままじゃ、厳しいんじゃねーか? まだ、道も覚えてないし、運転もダメだろ! 辞めるなら早い方がいいんじゃないか?!」

 

岡本、「いえ、頑張って道も覚えて、運転もうまくなります!」

 

92キロあった体重が、その年の12月31日には74キロにまでなった激闘がまだまだ続く。

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2 件のコメント

  • ドライバー向いてないんじゃない?
    今どき2週間助手付きってあんの?
    ずいぶんユルい方だと思うけどね。
    それにすらついていけてないって…(笑)
    残念すぎて…
    なんてゆーか…
    爆笑です!
    笑わせてくれてありがとう!

    • しょうさん

      コメントありがとうございます!
      タイトルにもありますが25年前の佐川急便の話です。
      休みは月4日~6日、繁忙期は休みなし、朝は早い時は6時前から積み込み、夜は遅い時は午前2時まで仕事
      そういう時代の佐川急便の話です。
      佐川急便のドライバーですか?
      ユルイ時代のドライバーで本当に良かったですね(笑)

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