【佐川急便が宅配事業でヤマト運輸に負けた本当の理由】本社営業課長が語った東京佐川急便事件の借金返済とは?

A small sad businessman stands near a red statistic arrow broken by a giant hand holding a judge gavel. Business failure. Corporate law. Cost of legal action.

佐川急便で働いていた頃、主任研修でこんな話を聞いた。(数年に1度くらい営業研修が行われていた。教育課などの上層部が変わると自分のカラーを出すために必ずと言っていいほど研修があった。)

本社営業課長K氏、「皆さん! 何故?佐川急便は、ヤマト運輸に遅れをとっているかわかりますか?」

岡本、「・・・(心の中)随分、思い切ったことを言う人だな・・・」

本社営業課長K氏、「古い人は知っていると思いますが、平成になった頃、東京佐川急便事件というのがありました。佐川急便は、その事件で多額の負債を払わなくてはならなくなり、ヤマト運輸が小規模センターなどを各地に出店していく中、佐川急便は、その事件の支払いに追われ設備投資が出来ず、現在の物量を配達できる人材、設備が整わないまま今日があるのが現状です。」

岡本、「(心の中)なるほど! 、と思った。」

この話を聞くまで、ヤマト運輸は、各地にセンターをオープンさせ集配地域が狭くなるのに、何故?佐川急便は、新規の営業所をオープンさせないんだ?、と思っていた。

岡本、「(心の中)佐川急便は、社員を酷使させ利益を懐に入れてるんだな!(一部当たっているとは思うが・・・」

ヤマト運輸が、各地に新規のセンターをオープンさせた後、佐川急便が新規の営業所をオープンさせることは、容易ではないと感じていた。

営業所を作れる空いている土地も物件もない。

宅配のニーズが高まり物量が増えていく時代に人材の確保、設備投資にお金を掛けられなかったことが佐川急便がヤマト運輸に遅れとっている原因の一つだと思う。

東京佐川急便事件とは?

ここからの話は、東京佐川急便事件の概要になります。

佐川急便の元社員なら触れておかなければならない事件だと思いますので、参考までに読んで下さい。

東京佐川急便事件について、とても分かり易く書かれている記事を見つけましたので紹介させていただきます。➔ 東京佐川急便事件の真相とは わかりやすく3分で説明します ヤミ献金疑惑が次々浮上する異常な事件check

物流業界は、現在ドライバー不足が深刻化していることもあり、人手不足という問題を解消するために賃金を上げるという手段を採るしかない状況に追い込まれています。

人件費が掛かれば必然的にそれをカバーするだけの収益を上げねばならず、結果として配送料の値上げに繋がるわけです。

業界最大手のヤマト運輸が値上げに踏み切ったことで、多くの店舗が宅配依頼先として佐川急便にシフトしましたが、その佐川急便でもドライバー不足が深刻なため、結局のところは続いて値上げに踏み切るという形を採らざるを得ない状況になりました。

物流業界最大手と言われるヤマト運輸に次いで、今や業界第三位の地位にのし上がったものの、過去を紐解くと非常に黒い歴史がある。

時の政権を巻き込んだ大事件に発展

東京佐川急便事件は、自由民主党で経済会会長を務める金丸信が佐川急便グループの中核である東京佐川急便の渡辺広康会長から5億円の闇献金を得たとして、1992年10月、衆議院議員辞職に追い込まれた事件のことです。

政治と金の癒着がまたも発覚したわけですが、その金額の大きさと、政治家だけでなく、暴力団にも資金を流出させていたことが大きな問題となった事件です。

金丸信会長の元へは5億円というお金を献金していた渡辺社長ですが、一方で広域暴力団稲川会にはそれをはるかに上回る、数百億円もの資金を流出させていたのですから、東京地検が動かないはずがありません。

政界のタニマチ

東京佐川急便の渡辺社長は、株の仕手戦でしばしば名前が挙がり、さらには政界のタニマチとしても有名でしたので、渡辺氏から政界と暴力団へ資金が流れていることは、東京地検としては容易に推測ができました。

とはいえ、あまりにも金額が大きいだけに、どこから手をつけたらいいか、取り掛かりあぐねていたと言われるくらい、戦後の日本政治に大きく関わる大事件だったわけです。

東京地検はまず大元にメスを入れることにし、東京佐川急便を傘下に抱える佐川急便グループに働きかけ、渡辺社長を筆頭とする東京佐川急便の経営陣に特別背任の告訴状を出してもらうという手段で切り込んでいったと聞いています。

背後に潜む政界の複雑な派閥抗争

政界においては、1987年に自民党総裁選で代表となった竹下登が竹下政権を樹立させるにあたり、右翼からの褒め殺し攻撃に手を焼いていました。

これをやめさせるために竹下の後ろ盾でもあり、政界のドンでもあった金丸信が、東京佐川急便の渡辺社長を通して稲川会会長に褒め殺し封じを依頼させたのです。

竹下登が田中角栄に総裁選出馬の挨拶に行くことを条件に右翼は攻撃をやめたものの、渡辺社長にとってはそれが暴力団稲川会への借りとなり、巨額の資金提供を続ける結果になったというのが、東京佐川急便事件の概要です。

こうして理由が明らかになってみると、もともとは政界の駆け引きが東京佐川急便を巻き込んだ事が事件の発端だと思います。

さらに暴力団へと繋がっていったことを考えると、政治家に対する責任追及を金丸信の議員辞職だけで済ませてよかったのかという怒りすら感じるほどです。

政治と警察と検察

検察としては大物政治家が絡んでいようが、巨額のお金が暴力団に流れ込んでいるとなれば大規模な立件を目指していました。

警察は政治家が関わると及び腰になり、結局は闇献金の実態が完全に明らかになることはありませんでした。

とはいえ、この事件を機に政治資金規正法の改正が進んだことは間違いありません。

佐川急便を傘下に置く佐川急便グループ内でも、ドライバーを中心に丁寧なあいさつを心がけたりといった意識の変革が起きたことは確かです。

その結果が、今、業界第三位の物流会社として信頼され、利用申し込み増加に繋がっている事実は、現場の人間の目から見ると、佐川急便側として事件の後始末はきちんとつけたという認識です。

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