【母の日のカーネーション販売!売れないドライバーの過酷な実情!】

佐川急便では、毎年5月の第2日曜日の母の日に、カーネーションの配達をする。

 

その1ヶ月前に、パンフレットを渡され、毎年恒例のカーネーションの販売キャンペーンが始まる。

 

私が新人の時は、100本くらい売ってくる凄腕のセールスドライバーもいた。

 

このキャンペーンは、ドライバーの力量が試される。

 

常日頃から、お客様と会話をしていて、ドライバーが、多少無理なことを言っても聞いてくれるような、お客様との関係作りが出来ていれば買ってくれるが、出来ていないと買ってはくれない。

 

今は、カーネーションの値段も大夫安くなって、買ってくれるのにそれほどハードルが高くないが、私が新人の時は、確か5000円だったと記憶している。

 

カーネーションが、5000円?、と思うだろうが、平成7年は、バブルがはじけて、まだそれほど経っていなかったので、物価も、今みたいなダンピング合戦時代ではなく高かった。

 

しかも、そのカーネーションの品質も、母の日が過ぎて、やっとこ買ってくれたお客様からは、露骨に、岡本さん、「お花、値段の割には、余り良くないわね?!」、なんて言われることもあった。

 

毎年、母親にも個数稼ぎのために自腹で送っていた。

 

母親にも同様に「お花、値段の割には、余り良くないわね?!」と、言われたことがある。

 

それほど、当時のカーネーションはひどかったということだ。

 

カーネーションを買ってくれるお客様は、限られている。

 

カーネーション販売の営業相手は、主婦や、若いねーちゃんや、にーちゃんが対象なので、簡単にカーネーションに5000円、ポンと出す訳もない。

 

年配の方は、母親が他界されている方も多く、カーネーションは買ってくれない人が多い。

 

新人の頃は、そんなこともわからず配達先のお客様を見ると、「カーネーション買って下さい」と、声掛けまくっていたが、母親がいないのに買ってくれる訳がない。

 

新人の頃の私は、そんなこともわからないくらいバカだった。

 

入社して2年目の、平成7年のカーネーション販売キャンペーンでは、前年の10月にやっとセールスドライバーになり、地獄の年末を乗り切り、あっという間に4月になり、日々、配達、集荷で、手一杯という状態だった。

 

K大先輩は、「Iさん、今年も恒例の母の日のカーネーションです。よろしくお願いします。」

 

お客様Iさん、「いいわよ!」

 

私の前任の、K大先輩が営業したお客さんは、買ってくれた。

 

しかし、K大先輩からは、買うが、私では買ってくれない、というお客様も、かなりいた。

 

15本くらいは、声掛けだけで買ってくれたが・・・(K大先輩の長年の営業のお陰で)、ノルマは50本、残り35本が、どうしても売れない。

 

そうこうしているうちに、キャンペーンの最終日になってしまった。

 

キャンペーン最終日に、35本売らなければならない

 

班の中で、目標達成していないのは、自分だけになってしまった。

 

それまでも散々、プレッシャーをかけられていたが、・・・、朝、出発前・・・

 

O大先輩、「岡本、お前、わかっているよな?!、班で達成していないのは、お前だけだぞ!、気合を見せろよ!」

 

岡本、「はい、・・・・・・」

 

気合で売れるのか?、と思ったが、大先輩の言うことは、絶対だったし、この時代は、仕事の実力がないと、店の中でも、係の中でも、班の中でも、認められない。

 

5000円、という金額は、ハードルが高く、なかなか買ってくれない。

 

頭が悪いなりに考え抜いた末、1日で35本売らなければならない、と追い詰められた末の営業戦略は、・・・・・・、自腹を切っての販売だった。

 

だから、最終日の特別価格。5000円が、本日限り、3000円、それでも買ってくれない人は、2500円、それでも買ってくれない人は、2000円。

 

こういう売り方をした。

 

差額は、全額自腹だ。

 

最低でも、35人に声を掛けないと35本売れないから、少しでも脈のありそうな人は、値下げした。

 

逆に、脈のなさそうな人は、「来年、お願いします!」、と言って速攻話を打ち切った。

 

配達、集荷をしながらなので、時間がない。

 

幸いにも、お客様に、ドライバースタンド、多摩靴流通センター、二木ゴルフという量販店があったので、そこで、配達しながら、片っパシから声を掛けて、20本売った。

 

自腹切りまくりで目標達成!

 

このやり方で、最終日、36本売って、ノルマ、達成した。

 

O大先輩、「岡本、お前、頑張ったな!。1日で、36本売るなんてたいしたもんだよ!」

 

他の先輩からも、凄く褒められた。

 

40000円くらい自腹を切ったが、出来ない自分が悔しかったし、当時、後悔しないどころか、始めて営業に必死になって取り組んだ1日だった。

 

当然、褒められたやり方ではないし、この時から数年、ダンピング価格で買ってくれたお客さんは、ダンピング価格でしかカーネーションを買ってくれなくなった。

 

でも、この時から必死に仕事に取り組んでいる姿が認められたのだろうか? お客様との距離が、近くなったような気がしたし、佐川のドライバーは、やはり凄いな?!、みたいに思われるようになった。

 

何年か経って、他のドライバーにカーネーションの売り方を聞いたが、ほとんどのドライバーが新人時代は、自腹を切って販売していたと言っていた。

 

大先輩の中には、自腹を切ったことは、1度もないという先輩もいたが、・・・、私は、そんな領域の人間ではなかった。

 

新人ドライバーで、配達、集荷をしながら、50本販売するというハードルの高さ。

 

だが、5年くらい経った頃には、声掛けだけで40本くらい売れるようになっていた。

 

もちろん、自腹もしないで売れるようになっていた。

 

高価な営業教材を買って、営業能力がついたということなのだろうか?

 

決して、安い買い物ではなかったが、今も自分の財産の1つになっている。

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